トイレの床に、じわりと広がる湿ったシミ。その源は、壁から突き出た、古びた止水栓からの、ポタ、ポタという、ほとんど聞こえないほどの水漏れ。それはトイレ排水管のつまりを修理した守山市には、この光景を、単なる「部品の劣化」という、ミクロな視点で捉えがちです。しかし、少し視野を広げてみると、この小さな水滴は、日本の住宅、特に高度経済成長期に大量に建設されたマンションなどが直面している、「インフラの老朽化」と「更新の困難さ」という、極めてマクロで、深刻な問題を、象徴的に映し出していることに気づかされます。止水栓の水漏れは、私たちの住まいが、静かに、しかし確実に、その寿命を迎えつつあることを知らせる、小さな、しかし重要な警告灯なのです。 日本の住宅、特にマンションの配管の寿命は、一般的に30年〜40年程度と言われています。1970年代から80年代にかけて建設された、いわゆる「築古」マンションの多くが、今まさに、この大規模な更新時期を迎えています。壁や床の中に埋め込まれた給水管や排水管は、私たちの目には見えない場所で、静かに腐食し、劣化が進行しています。福島区での蛇口専門チームが交換した排水口が、その巨大な配管ネットワークの、末端に位置する「止水栓」は、いわば、その老朽化が最も早く、そして最も分かりやすい形で表面化する、「炭鉱のカナリア」のような存在なのです。 止水栓からの水漏れの原因が、単なる内部のパッキンの劣化であれば、まだ幸いです。しかし、問題なのは、止水栓本体と、壁の中の給水管とを接続している、根元の部分からの水漏れや、止水栓本体の金属疲労による亀裂です。これは、もはや止水栓だけの問題ではありません。その奥にある、壁の中の給水管そのものが、限界に近い状態にあることを、強く示唆しています。 ここで、日本の住宅が抱える、構造的な問題が立ちはだかります。欧米の石造りの住宅などでは、配管は比較的交換しやすいように、専用のシャフト空間にまとめられていることが多いのに対し、日本の多くのマンションでは、コストとスペース効率を優先するあまり、配管がコンクリートの壁や床の中に、直接埋め込まれている(「躯体埋設配管」と呼ばれます)ケースが少なくありません。 この構造は、新築時の施工は容易ですが、ひとたび配管の寿命が訪れると、その交換は、極めて困難な、大掛かりな工事となります。壁や床を大々的に斫り(はつり)、コンクリートを破壊して、古い配管を撤去し、新しい配管を敷設し直す。その費用は、一戸あたり数十万、場合によっては百万円を超えることもあります。 多くのマンションの管理組合は、この莫大な修繕費用を、長期修繕計画に基づいて積み立てていますが、積立金が不足していたり、住民の合意形成が進まなかったりして、必要な配管更新工事が、先延ばしにされているケースが後を絶ちません。その結果、どうなるか。住民は、とりあえず目に見える部分、つまり、水漏れを起こした止水栓だけを、応急処置的に交換することで、その場を凌ごうとします。 しかし、それは、根本的な解決にはなりません。老朽化した大動脈(壁内配管)に、新品の末梢血管(止水栓)を繋ぎ替えているようなものです。交換作業の際に、古い配管に少しでも無理な力がかかれば、それが引き金となって、壁の内部で、より深刻な漏水を引き起こすリスクすらあります。 あなたの家の止水栓から滴る、あの一滴の水。それは、単なる水ではありません。それは、日本の住宅ストックが抱える、構造的な問題と、更新の遅れが生み出した、「膿」なのです。その一滴は、私たちに問いかけています。「この家は、あと何年、安全に住み続けることができるのか?」「私たちは、この家のインフラを、次世代に引き継ぐための、適切な投資と、合意形成を行えているのか?」と。 止水栓の水漏れという、個人的なトラブルを、単に「直して終わり」とせず、それをきっかけに、自分が住むマンション全体の、長期修繕計画や、管理組合の運営に関心を持つこと。あるいは、中古物件の購入を検討する際には、目に見える内装の美しさだけでなく、配管の更新履歴や、修繕積立金の状況といった、「見えない価値」を、正しく評価する眼を持つこと。 それこそが、小さな水漏れという警告を、自らの資産と、安全な暮らしを守るための、賢明なアクションへと繋げる、私たち一人ひとりに求められる、成熟した住まい手としての、姿勢と言えるでしょう。
止水栓の水漏れが映し出す、日本の住宅の「寿命」と「更新」の課題